石碑等移設工 2022.10~2023.10
・社会貢献としての案件
・文化財を扱う難工事
富岳信仰の中でも、最も象徴的な富士山を模して造営された人工の山や塚を「富士塚」といいます。この富士信仰は、江戸時代に「お富士さん」と呼ばれ、病気など旅が困難な人々のために、身近な場所に模倣富士山を築造して、誰でも富士参拝が出来るように築いたのが富士塚です。
十条冨士塚は、現在でも江戸七富士と呼ばれる七つの富士塚のひとつです。
この富士塚が、道路の拡幅工事のため移設することになり、第1期:撤去工事、第2期:擁壁工事、第3期:復元工事と、3期に別れた大々的なプロジェクトとなりました。この中で中田造園は最も難易度が高いとされた第3期の復元工事を担いました。
1年という長い工期の中で、元あった通りに薄い石碑を損傷しないように元通りに設置していく作業は困難を極めた上に、非常に予算の厳しい案件でしたが、社会貢献と中田造園の新しいことへの試みとして挑み、無事竣工に至りました。